神内神社

今年も、神内神社の奇樹たちに会いに来た。セッコクの咲く香りに誘われて。

神内神社(三重県紀宝町)の入り口に立つ鳥居と杉木立の風景
神内神社の御神木であるホルトノキの巨木。三重県指定天然記念物の威容

鳥居のすぐそばで参拝者を迎える、ホルトノキの御神木。
三重県指定天然記念物でもあるこの大樹は、子どもを抱くように石を巻き込んで自生している。
その慈愛に満ちた姿から、古くより「安産樹」として親しまれてきた。

神内神社の境内に自生するセッコクの花。神域を彩る白い着生植物
神内神社の杉の木に着生して咲くセッコク。熊野の湿潤な気候が育む風景

見上げれば、白く可憐なセッコクが咲き誇る。
苔むした木肌と、生命力あふれるセッコクの白のコントラスト。
熊野の湿潤な気候が生み出すこの神秘的な光景は、何度レンズを向けても、飽き足らない。

神内神社の杉並木が続く参道。巨石の社へと続く厳かな石段
神内神社の深い森に包まれた参道。子授け・安産の神へ続く祈りの道
神内神社の御手洗場(手水舎)。清らかな水が流れる参拝前の清め所

深く静かな空気が流れる参道を歩む。
ここは「安産・子授け」の神域。
清らかな水が流れる御手洗場で、心身を整えてから先へ進む。

神内神社の拝殿外観。背後の巨岩を拝むための独特な建築様式
神内神社の拝殿正面。安産祈願や子授け祈願に訪れる参拝客を迎える社

拝殿が見えてきた。
左右を巨岩に挟まれた参道は、まるで異界への入り口のような迫力に満ちている。
別名「子安神社」とも呼ばれるこの場所には、無数の「よだれかけ」が奉納されていた。
新しい命を願う、人々の切実な祈りがここに集積している。

神内神社の御神体である巨大な磐座(巨岩)。社殿のない古代の祭祀形態
神内神社の巨石(磐座)を見上げる。圧倒的な存在感を放つ熊野のパワースポット

拝殿の背後にそびえる、圧倒的な存在感の磐座(いわくら)。
社殿を持たず、この巨大な岩そのものを御神体とする古代の祭祀形態が、今もここには息づいている。
あまりの巨大さに、単焦点レンズではその全貌を容易には捉えきれない。

神内神社の境内にそびえるクスノキの巨木。生命力あふれる神域の森
神内神社のクスノキの根元。幾星霜を経て大地に根を張る御神木の迫力
神内神社のクスノキの枝ぶり。豊かな緑が神域の空気を清める風景

拝殿の傍らに立つ、クスノキの大樹。
正直に言えば、自分はこのクスノキに会うために、ここへ来ているのかもしれない。
荒々しい樹皮の質感、大地を掴む根のライン。
それは、幾星霜もの時をかけて作り上げられた、究極の肉体美だ。

撮影者と被写体としての“セッション”を終え、最後の一枚を焼き付ける。
「また、セッコクの咲く頃に。」

神内神社の巨岩からパワーを感じる。岩を御神体とする原始信仰の姿

少し離れた場所から、御神体である磐座の全貌を望む。
その荒々しいシルエットは、まるでゴジラのようだ。

神内神社の拝殿前に鎮座する狛犬。聖域を守護する凛とした佇まい

帰り際、境内のすべての巨木に静かに手を合わせる、高齢の女性を見かけた。
熊野の地では、木々や石に神を見出すのは、ごく当たり前の日常なのだ。

神内神社(こうのうちじんじゃ)は、三重県紀宝町神内に鎮座する神社だ。 新宮市街地から車で15分ほど、熊野川を渡った紀宝町の山裾に位置している。 社殿を持たず、背後にそびえる巨大な岩壁そのものを御神体とする、熊野の原始的な信仰の姿を今に伝えている。

別名「子安の宮」とも呼ばれ、古くから安産や授かりものの神として信仰されてきた。 三重県指定天然記念物でもある境内の樹叢(じゅそう)には、巨木や着生植物が息づき、 岩壁と深い森が混ざり合う、この土地特有の静謐な空気が保たれている。

本作は、和歌山・三重にまたがる熊野地方を拠点にするフィルム写真家 kumanokodonet によって撮影された。 即時的な消費を目的とするのではなく、熊野の風景や人々と向き合い、対話を重ねるような制作を続けている。

現在、こうした熊野の風景の中で、共に新しい表現を模索できるモデルや表現者を募っている。 詳細は「モデル募集」のページを参照してほしい。

神内神社|三重県紀宝町|Photo by kumanokodonet

熊野古道を撮り続ける写真家 kumanokodonet の作品一覧
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