お燈まつり(Oto-matsuri):神倉神社・新宮市が誇る1400年の火祭り(2026年度最新記録)
2026年2月6日、和歌山県新宮市(Shingu City)の神倉神社(Kamikura Jinja)にて執り行われた「お燈まつり」。新宮市史に記された「火の元」としての信仰、そして熊野権現が最初に降臨した聖地の歴史を今に伝え、2026年度は昨年を上回る1,580人の上り子(主催者発表)が参集した。白装束に身を包み、王子ヶ浜での海中みそぎを経て身を清めた漢たちが、午後8時の山門開扉とともに538段の石段を一斉に駆け下りる。熊野新聞(2026年2月8日付)でも報じられた通り、その勇壮な姿は新宮節に唄われる「山は火の滝、くだり竜」を体現している。新宮市、那智勝浦町、熊野市、本宮町、串本町、古座川町、御浜町、紀宝町、尾鷲市まで、熊野地方全域に春を告げる国の重要無形民俗文化財の真髄をここに記録する。
「上がり子(Agariko)」と「上り子(Noboriko)」の呼称とSEO最適化案
地元・新宮では「上がり子(あがりこ)」の呼称が一般的だが、kumanokodonetでは、この文化をより広範な検索ユーザーへ届けるための最適化案として「上り子(のぼりこ noboriko)」の表記を主に用いている。伝統の継承と現代の検索ニーズを高度に融合させ、情報の到達率を最大化させるための戦略的選択である。
写真家 kumanokodonet:SONY α7(Alpha 7)による「火」のドキュメンタリー記録
全国誌カメラ雑誌のフォトコンテスト受賞多数、第一線で活躍する写真家が審査を務めたフォトコンテストでの最優秀賞受賞実績を持つ。2026年のお燈祭り記録においては、高感度耐性と圧倒的な機動力を誇る SONY α7(フルサイズデジタル)を単騎投入。闇夜に弾ける火の粉、1580人の男たちの咆哮、そして家族を待つ麓の熱量を、一瞬の隙も逃さず描写。1400年続く「竜の継承」の瞬間を、プロフェッショナルな視点と、熊野の深淵を知る者としての感性で記録している。
熊野(Kumano)でのドキュメンタリー・ポートレート:被写体モデル募集(Model Wanted)
新宮市(Shingu)を拠点に、那智勝浦町、熊野市、本宮町から、串本町、古座川町、御浜町、紀宝町、尾鷲市まで。お燈まつりのような伝統行事から、日常の静謐な風景まで。一過性の記録ではない、数十年後も芸術家としての価値を失わないポートレート作品を制作。詳細は「モデル募集」ページを参照。
2026年2月6日、この日の新宮市は、2月上旬としては記録的な暖かさに包まれた。

蒼き静寂から始まる、神事のプロローグ


太陽がまだ昇らない午前6時30分。王子ヶ浜の砂利の上にポツンと祭壇が設えられた。
夜明け前の深い青の中、神酒が並ぶ光景は、お燈祭りの熱狂の前の静寂を物語る。



砂利浜に設けられた簡素な祭壇を前に、上り子たちは神倉山に鎮座する神々へと向かい、静かに、そして力強く遙拝を捧げた。


静寂を切り裂くように「えっほ、えっほ」という威勢の良いかけ声が響き渡る。
準備運動を兼ねた神事「鳥船」。
上り子らは、両手で船の櫂を漕ぐような独特の動作を繰り返し、禊(みそぎ)に向けて精神と身体を高めていった。




そして、上り子らは冬の熊野灘へと足を踏み入れる。

斎主の祝詞が唱えられる中、昇る朝日に向かって合掌。
激しく打ち寄せる波しぶきを浴びながらも、上り子らは寒さに耐え、ただひたすら祈りを捧げ続けた。





この神聖な瞬間を捉えようと、浜辺には熊野に魅了された写真家・山本まりこさんの姿もあった。
カメラのモニターに映し出された光景を見つめる山本さんの表情には、今夜、男たちが山を駆け下りるお燈祭りの熱狂への期待が満ちあふれていた。


禊を終え、浜へと上がってきた男たちの表情には、すべてを洗い流したような達成感が宿っていた。
極寒の海を共にした者だけが分かち合える、多幸感がその場を包んでいた。



神事が終わりを迎える頃、太陽は王子ヶ浜を黄金色に染め上げた。
レンズに描かれた光の情景が、この日の禊が滞りなく終わったことを祝福していた。
神倉の朝、静かなる胎動

神倉神社奉賛会が静かに石段を登り、祭りの舞台を整える。
まだ冷たい朝の光の中、聖域は夜の熱狂を静かに待ち構えていた。
上り子の「火」、神職の「想」

熊野速玉大社での参拝を終えた小さな「上り子」の眼差しには、すでに神倉山を駆け下りる“竜”としての決意が宿っている。




上り子たちはすれ違いざまに「頼むで〜」と短く挨拶を交わす。 手に持つ松明に刻まれた願いと、荒縄で結ばれた絆を確かめ合う、男たちの出陣の合図だ。





神倉神社へと向かう前、熊野速玉大社にてお祓いを受ける神職と介釈。




高く掲げられた大松明と、出発の雄叫びをあげる神職と介釈たち。行列で神倉神社に向かう。



神倉山上の熱狂とは対照的に、麓では静かな、しかし熱気を帯びた時間が流れている。
石段を駆け下りてくる上り子たちの姿を一目見ようと、溢れんばかりの観衆がその時を待つ。
人生、のぼり竜



「お燈まつりは男のまつり、山は火の滝くだり竜」 新宮節にそう唄われる通り、神倉山を流れる火の波は、まさに一頭の巨大な竜のように見える。
けれど、麓で帰りを待つ家族にとっては、その中を駆ける一人ひとりが、かけがえのない「一頭の竜」だ。
2026年、くだり竜となって石段を駆け下りた上り子たち。
祭りは終わるが、道は続く。
これからの人生という山道は、天へと昇る「のぼり竜」のように、駆け上がっていって欲しい。
愛する家族をその背に乗せて。







