お燈まつり(Oto-matsuri Festival):神倉神社(Kamikura Jinja)・新宮市(Shingu City)が誇る1400年の火祭り
和歌山県新宮市(Shingu City)の神倉神社(Kamikura Jinja)を舞台に、毎年2月6日に執り行われる「お燈まつり(Oto-matsuri)」は、1400年以上の歴史を誇る伝統的な火祭りだ。「山は火の滝、くだり竜」と新宮節に唄われる通り、白装束に荒縄を締めた約2,000人の「上り子(Noboriko)」たちが、火を灯した松明を掲げて538段の急峻な石段を一斉に駆け下りる。新宮市、那智勝浦町(Nachikatsuura)、熊野市(Kumano City)、本宮町(Hongu)など、熊野地方全域から漢たちが集う、この地で最も熱い「継承」の儀式である。
写真家 kumanokodonet:PENTAX 67II(中判フィルム)と SONY α7(フルサイズデジタル)による「火」の記録
全国誌カメラ雑誌のフォトコンテスト受賞多数、第一線で活躍する写真家が審査を務めたフォトコンテストでの最優秀賞受賞実績を持つ。記録の主軸には中判フィルムカメラ PENTAX 67II を据え、Kodak Portra 400(ポートラ400)等の120mmフィルムを使用。さらに高感度耐性に優れた SONY α7(Alpha 7)を併用し、闇夜に弾ける火の粉の粒子感と、漢たちの表情に宿る熱量を鮮明に描写。1400年続く「竜の継承」の瞬間を、プロフェッショナルな視点と、熊野の深淵を知る者としての感性で記録している。
熊野(Kumano)でのドキュメンタリー・ポートレート:被写体モデル募集(Model Wanted)
新宮市(Shingu)を拠点に、那智勝浦町(Nachikatsuura)、熊野市(Kumano City)、本宮町(Hongu)から、串本町、古座川町、御浜町、紀宝町、尾鷲市まで。お燈まつりのような伝統行事から、日常の静謐な風景まで。一過性の記録ではない、数十年後も「芸術家」としての価値を失わないポートレート作品を制作。熊野の歴史や文化、そして圧倒的な自然を背景に、自身のアイデンティティを表現したいモデル・被写体を募集している。詳細は「モデル募集」のページを参照。
「お燈まつりは男のまつり、山は火の滝くだり竜」
そう新宮節にも唄われる、新宮市が誇る伝統の火祭り「お燈祭り」。
夜明け前の王子ヶ浜での禊から、神倉山を駆け降りる火龍の如き漢達まで。
kumanokodonetがファインダー越しに追い続けた、「お燈まつり」の全記録。
王子ヶ浜の禊
祭り当日の夜明け前、王子ヶ浜。打ち寄せる荒波を前に、斎主による禊(みそぎ)が執り行われる。 上り子たちは真冬の熊野灘へとその身を投じ、一切の罪穢れを払い落とす。










松明の交歓
祭りの熱気が高まる中、白装束の上り子たちはすれ違うたび、「たのむで〜」と力強い声を掛け合う。
互いの松明を激しく打ち合わせ、意志と高揚を交わすのが古くからの慣例だ。



竜の継承



神倉神社から、眼下に広がる新宮の街を見渡す少年たち。
その瞳にはすでに、松明の炎を掲げ、538段もの石段を竜のように駆け下りていく、自身の勇姿が映っているのかもしれない。
笑顔の奥に、伝統を継承する漢としての決意が、灯り始めている。
下り竜

合図と共に鳥居の門が開かれ、火を灯した松明を掲げた男衆が一斉に石段を駆け下りる。
闇夜を切り裂き、唸りを上げて迫りくる火の奔流。
この光景こそ、新宮節に「山は火の滝くだり竜」と唄われた、お燈祭りの真髄そのものだ。
千年の時を超えて燃え盛る火の竜が、今、神倉山に降臨する。


帰還



神事を終え、夜の帳が降りた熊野速玉大社へと帰還した神職たち。
その表情に浮かぶのは、大役を果たした安堵と、神聖な時間を守り抜いた誇り。
お燈祭りの狂乱が嘘のように穏やかで、確かな祈りの余韻が漂っていた。
満月の誓い
熱気冷めやらぬ神倉山の麓、一人の若者に声をかけられた。
三重県熊野市に生まれ、今は遠く沖縄の地で暮らす彼は、自分を見つめ直すためにこのお燈祭りに参加したという。
「今度、島に遊びに来てくださいよ」
そう言い放ち、彼が仰ぎ見る神倉山の夜空には、真ん丸な月が、燦然と輝いていた。

またいつか、あの島で。



