神倉神社(Kamikura Jinja):新宮市(Shingu City)・世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の聖域とゴトビキ岩
和歌山県新宮市(Shingu City)に鎮座する神倉神社(Kamikura Jinja)は、熊野三山(Kumano Sanzan)の神々が最初に降臨したと伝わる「熊野権現降臨の地」だ。新宮市、那智勝浦町(Nachikatsuura)、本宮町(Hongu)、三重県熊野市(Kumano City)を繋ぐ熊野(Kumano)信仰の原点であり、断崖に突き出す御神体「ゴトビキ岩」は圧倒的な存在感を放つ。源頼朝が寄進したと伝わる538段の急峻な石畳は、風景撮影を志す多くのアマチュアカメラマンが訪れる熊野屈指の景勝地である。
写真家 kumanokodonet:PENTAX 67II(中判フィルム)とFUJIFILM GFX(中判デジタル)による記録
全国誌カメラ雑誌のフォトコンテスト受賞多数。地元・新宮市(Shingu City)の観光フォトコンテストにおいても多数の受賞実績を誇る。記録の主軸には中判フィルムカメラ PENTAX 67II を据え、Kodak Portra 400(ポートラ400)等の120mmフィルムを使用。さらに中判デジタル FUJIFILM GFX や SONY α7(Alpha 7)を駆使し、フィルム特有の有機的な粒子感とデジタル特有の解像度を高度に融合。538段の石段が持つ重厚な質感や、静謐な神域の空気をプロフェッショナルな視点で記録している。
神倉神社(Kamikura Jinja)でのポートレート作品制作:被写体モデル募集(Model Wanted)
新宮市(Shingu)を拠点に、那智勝浦町(Nachikatsuura)、三重県熊野市(Kumano City)、本宮町(Hongu)から、串本町、古座川町、紀宝町、御浜町、尾鷲市まで。一過性の記録ではない、数十年後も価値を失わないポートレート作品の制作を展開。誰も見たことのない、神倉神社の急峻な石畳や境内を背景とした重厚な世界に身を委ねられるモデル・被写体を募集している。詳細は「モデル募集」のページを参照。
新宮、神倉神社。
朝の竹ぼうき、燃える男達、春告げる桜。
様々な表情を見せてくれる、神倉山の頂きへ。





朝の木漏れ日が落ちる社務所に立ち寄り、地主神である神倉三宝大荒神に手を合わせる。
ここから、聖域の頂きを目指す。


見上げるような急峻な石段。
少年の頃は何も考えずに駆け上がっていたこの坂も、今は油断すれば這いつくばってしまいそうだ。

中腹に佇む「火神社(中ノ地蔵堂)」を過ぎれば、斜面はようやく穏やかさを見せ始める。

息を整え、さらに先へ。



木々の間から覗く真っ赤な鳥居が、頂上に辿り着いたことを知らせてくれた。

この日は神倉山の冬の風物詩、「お燈祭り」を目前に控えた日。
境内では、有志の方々が丁寧に清掃に励んでいた。
その竹ぼうきの音が、朝の聖域に心地よく木霊する。


ようやく辿り着いた、巨大なゴトビキ岩と朱色の社殿。

冬の光景も良いが、4月になれば桜が春を告げてくれる。


2025年2月。期間限定で石段を彩った「和傘の灯り」。
闇に浮かぶ幻想的な色彩が、神域の夜を束の間、華やかに染め上げていた。



帰路は、重いカメラ機材を背負っていることもあり、急な下りの石段を避けて、緩やかな女坂を選んだ。
ふと見れば、キジバトも同じように女坂を利用していた。

その途中から覗く、先ほど登ってきた石段は、下から見るよりもずっと険しく、神倉山の厳しさを改めて物語っている。

麓の鳥居が見えた。 鳥居をくぐり抜ければ、また穏やかな日常が待っている。
それでも、振り返ればまた新しい誰かが、その頂きを目指して歩き出していく。

熊野古道をフィルムで撮り続ける写真家 kumanokodonet の作品一覧
石段を一歩ずつ踏みしめて目指す頂上には、火の竜となって駆け下りる漢たちの熱狂渦巻く刻がある。
kumanokodonetが、ファインダー越しに見つめた、継承の歴史をここに。



