
猫を見ると思い出す。
元恋人のことを。
猫のような性格の人だった。
被写体としても個性的で、こちらが何も言わなくても、誰も思いつかないようなポーズをする。
なぜそんなことができるのかと聞くと、油絵を学んでいたからだと言った。
被写体としての表現も、芸術の一部だから、未経験でも“勘”で出来てしまうそうだ。
写真を撮っても、写真だけをやっている人間では思い浮かばない構図が、自然に出来ていた。
カメラという道具を介した関係は、とても相性がよかったと思う。

何度か別れと復縁を繰り返していたから、別れの言葉も、最初は本気にしなかった。
ただ、最後のときは違った。
その日はどしゃ降りの夜だった。
用事を終えて帰ると、軒先でずぶ濡れの子猫が鳴いていた。
妙に恋人に重なって見えた。
迎え入れることも考えたが、当時の自分には、猫を飼う余裕がどうしてもなかった。
朝になると雨はあがっていたが、
子猫はまだ鳴いていた。
夕方、誰かに抱えられて連れていかれるのを見た。
数日後、本当に別れがやってきた。
やっぱり、猫だったんだと思う。
「新しい人のもとで幸せになるんだよ」
そう心で思った。

かつての恋人は、まるで猫のような、捉えどころのない芸術家だった。 彼女と共に過ごし、語り合った時間は、今の写真表現の礎になっている。 新宮市や熊野市、那智勝浦町、本宮町、古座川町、串本町、尾鷲市、紀宝町、御浜町の自然の静寂の中でシャッターを切るたび、 あの日々が教えてくれた芸術が、指先からフィルムへと伝わっていく。
現在は独り、和歌山と三重の深部で、ただ純粋な表現だけを求めている。 いつかその場所で、誰かの感性と共鳴する瞬間を、フィルムに刻みたい。
写真家 kumanokodonet は、フィルムカメラを通して、被写体の内面に潜む物語を写し出す。 共鳴できる意志を持つ方は、 「ポートレートモデル募集について」 に目を通し、その感性をぶつけてほしい。


