音のない世界で、彼女が奏でた美しい旋律

廃校に残されたグランドピアノの記録。格子窓から差し込む斜光が、静寂に包まれた鍵盤とロゴを照らし出している。

さっき、元恋人のことを思い出した。
彼女は耳がほとんど聞こえなかった。
ある日、鬼ヶ城の崖の上で、彼女はただ、黙って海を見ていた。
「何を見てるの」と聞くと、「渦」だと答えた。
波の音も、しぶきの音も、彼女には聞こえていない。
彼女は、同じ形がひとつとしてない「渦」だけを見ていた。
その背中があまりに寂しげで、隣にいるのに、彼女の孤独感を感じた。

廃校の講堂で、埃を被りながらも佇むピアノを捉えた記録。手前の赤いカーテンが、音の消えた空間に鮮やかな孤独の色彩を添えている。

彼女はピアノの先生の娘で、自身もピアノを弾いた。
音を聴くのではなく、鍵盤から伝わる振動と、譜面を頼りに、彼女は旋律を奏でていた。

彼女がある時、SNSにピアノを弾く動画を載せたことがある。
再生した瞬間、耳をふさぎたくなるようなノイズが流れた。
でも、彼女にはそのノイズは聞こえない。
彼女の頭の中では、美しい旋律が鳴っていたはずなのに、現実に流れたのは、雑音だけだった。

それを見たとき、僕はボロボロに泣いた。
「ああ!彼女は本当に耳が聞こえていないんだな!・・つらいだろうな!・・・」。
彼女の生きている世界と現実世界の「溝」、それでも伝えようとする「一生懸命さ」が、僕の心をぐちゃぐちゃにした。

彼女には夢があった。
自身の経験を映画や書籍にし、「音のない世界への理解」を広めること。

この記事が、いつか誰かの目に留まり、彼女の夢の一助になることを願って。

廃校に放置されたグランドピアノと、古びた椅子の記録。長い年月を経て、誰も弾くことのない鍵盤の上に、柔らかな陽光が降り注いでいる。

Soundless World, Beautiful Melody
kumanokodonet

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