2026年2月2日、世界遺産・花の窟神社(三重県熊野市)にて「お綱掛け神事」が執り行われた。
本記事では、高さ45mの巨岩へと全長170mの大綱を渡す祭典の模様、および神事に携わる巫女や氏子たちの姿を、KVAが一次記録として掲載する。
参進と巫女の行列

境内では、氏子たちの手によって「三流の幡(みながれのはた)」に寒椿が飾り付けられていた。
冬の陽光が、鮮やかな花の赤を浮き立たせる。

9時。鳥居をくぐる巫女の行列。



花の窟神社の石碑の傍らで待機する、白装束の「上り子(のぼりこ)」と氏子たち。






参道の脇に立ち、宮司と神職が深い拝礼を捧げた。






神職の先導により、巫女たちの列が木漏れ日が落ちる参道をゆっくりと進む。
冬の光に導かれるように、一行は御神体の懐へと吸い込まれていった。
上り子の修祓と大綱の降下
御神体である巨岩の足元。圧倒的な迫力に押し潰されそうなその場所で、七人の「上り子」たちが勇ましく立っていた。

七つの自然神の使いとして、断崖絶壁に挑む男たち。お祓いを受ける彼らの背中には、これから始まる命懸けの奉仕への、覚悟が滲む。


神域の静寂が、徐々に熱気へと変わっていく。
陽光を背に受けて参道を進む巫女たちの後ろ姿を見送ってから15分ほど、境内の視線は一斉に「天空」へと向けられた。

「お綱が降りてまいりました。」
そうアナウンスがあった。
高さ45メートルの岩壁の頂上から、巨大なお綱の先導役となるロープが、青空を切り裂くようにしてゆっくりと舞い降りてくる。




一転して、境内は緊迫した連携の場となる。
頂上から届いたロープを、地上で待つ氏子たちが手際よくお綱へとくくりつける。
「よし、上げろ!」
合図とともに、170メートルの巨躯がいよいよその全容を現し、天へと昇り始めた。

大綱の引き出し
いよいよ、お綱が拝殿前から引き出される。
ここからは、氏子だけでなく、その場に集まった老若男女すべてが主役だ。

「神様と繋がれる」と言い伝えられるその綱に触れ、肩に担ぐ参加者たちの顔には、神事に携わる誇らしげな笑顔が溢れている。

ずっしりとした神事の重みを分かち合いながら、人々の列はゆっくりと、そして力強く、国道42号線、そしてその先の、光溢れる七里御浜へと向かって動き出した。
国道42号線の横断
花の窟神社の前を走る国道42号線。
神事の間、一時的に封鎖されたアスファルトの上を、巨大なお綱を担いだ人々の列が静かに、しかし力強く進んでいく。

背後にそびえる御神体の巨岩と、現代の道路を練り歩く神事の光景。その日常と非日常が交錯する瞬間を、多くの観客が見守っていた。
七里御浜での曳綱
国道を渡りきると、目の前には冬の柔らかな光に包まれた七里御浜が広がっている。

波打ち際では、カメラを構える人や神事の行方を見守る人々が、浜辺特有の眩い光の中に溶け込んでいた。

先頭に立つ氏子の背中を追い、お綱の列は一直線に砂利浜へと伸びていく。
老若男女が一丸となって170メートルの重みを分かち合う。砂利を踏みしめる音が波の音と重なり、浜辺一帯が神事特有の熱気に包まれていく。




海へと引き出されたお綱が、再び国道を渡り、花の窟へと帰還する。
封鎖された国道の上で、白装束の氏子たちが懸命に綱を引き寄せる。


高く掲げた竹竿の先、お綱が正しい位置へと導かれるよう、氏子たちは全神経をその一点に集中させていた。

一点の曇りもない青空へと、巨大な綱が押し上げられていく。背後に広がる熊野の山々に見守られ、神聖な綱がゆっくりと、御神体の懐へと収まっていく。
三流の幡の掲揚

境内に戻ると、天高く掲げられた、ひときわ目を引く彩りがあった。季節の花々で鮮やかに飾られた、約10メートルの「三流の幡(みながれのはた)」だ。
これは、日本神話における尊い三柱の神々を表している。
天照大神(あまてらすおおみかみ):太陽の神
月読命(つくよみのみこと):月の神
素戔嗚尊(すさのおのみこと):地上界の神
この「三神」を象徴する旗縄は、いわば神様へ届けるための「天の道標」。

参拝客たちは、青空へと突き刺さるようなその神聖な姿に、一様にスマートフォンやカメラを向け、畏敬の念を込めてその姿を記録していた。
例大祭の神事

いよいよ例大祭の神事へと進む。
御神体である巨岩を背に、神職たちが頭を垂れる。
日本最古の聖域に漂う、凛とした空気。一拝の儀式とともに、境内はそれまでの活気が嘘のような、神聖な静けさに包まれていく。

続いて、神饌が次々と手渡されていく献饌の儀。
受け渡される所作に、古くから伝わる作法と、神様へのお供え物を運ぶという緊張感が漂う。
浦安の舞・豊栄の舞

神事を華麗に彩るのは、巫女たちによる奉納演舞だ。
「浦安の舞」では、扇を手にした巫女たちが凛とした佇まいで舞殿を進み、平和への祈りを捧げる。

続いて披露された「豊栄の舞」では、季節の花を手に、白い千早を風になびかせながら、御神体の巨岩を背に優雅に舞い踊る。その姿は、まるで神域に咲いた美しい花のようだった。

祭儀の締めくくりとして、神職が御神体の前で玉串を奉納し、深く平伏する。
八百万の神々への敬意が捧げられるその時、花の窟には目に見えない力強い繋がりが満ち溢れる。

七人の上り子たちが、整列する。その背中には、大役を果たした者の達成感に満ちていた。

人々は新たに掛け替えられたお綱の余韻に浸りながら、御神体の岩肌にそっと手を触れる。
日本最古の聖地で、神様と直接繋がるひととき。境内には、神事を終えた後の安らぎが広がる。

ふと見上げれば、御神体の岩肌に「三流の幡」の影が揺らめいている。

餅の配布

祭儀の締めくくり。大役を果たした上り子たちが祝いの餅を配り、張り詰めていた空気は、日常へと戻っていく。

そして、神事の間、神聖なオーラを纏っていた巫女たちもまた、一人の少女へと戻っていく。

鳥居を出る際、神前へ最後の一礼を捧げるその瞬間。あどけない少女の面影の裏側に、一瞬だけ覗いた「神の使い」としての自負。
神聖な義務を全うしたという確かな自信が、一筋の光のように差していた。
神事終了後の境内
最後に見たのは、重圧から解放され、弾むような足取りで境内を去る巫女の後ろ姿。

神の使いとしての時間を全うし、一人の少女へと戻るその瞬間。
弾む背中は、まるで春の訪れを告げる花の精のようにも見えた。
空に舞った三流の幡が、いつか彼女たちの未来を優しく包む、追い風となるように。
花の窟に、新しい時代の香りが吹き抜けていった。

花の窟神社の基本情報
- 所在地
- 三重県熊野市有馬町130
- 御祭神
- 伊弉冊尊・訶遇突智尊
- 例祭日
- 2月2日・10月2日(お綱掛け神事)
- アクセス
- JR紀勢本線「熊野市駅」より徒歩約20分
- 駐車場
-
あり(無料。道の駅「熊野・花の窟」の駐車場を利用。普通車約25〜50台。神社に隣接しており非常に便利)
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- 参拝時間
- 自由(日の出〜日没推奨)
- 備考
- 日本最古の神社。社殿を持たず巨岩を御神体とする世界遺産
- 問い合わせ先
- 0597-89-2881(花の窟神社 社務所)
天照らす祈りの風、神倉山へ
花の窟で見上げた空は、熊野の神々が初めて降臨したとされる「神倉山」の断崖へと繋がっている。
天照大神を仰ぎ、1580人の上り子が火の竜となって石段を駆け下りた熱狂の夜。
天照らす祈りの風が向かうは、神倉の継承の火。
月夜に解ける、音なき旋律。
花の窟に祀られた三柱の一、月読命。
その静寂を思わせるような、深く澄んだ旋律を奏でた人がいた。
音のない世界で紡がれた、色褪せることのない大切な想い。
時を超えた祈りの風は、彼女の指先へと香っていく。




