三重県尾鷲市九鬼町。
近代化とともに各地の沿岸部がガードレールで区切られていく中、この町には海と道が直接つながる風景が今も残されている。
2026年2月、KVAはこの地を訪ねた。
国指定天然記念物「九木神社樹叢」の緑、そして一切の濁りがない「九鬼ブルー」の海。
Flickr Exploreにも選出された、真巌寺の「赤い鳥居越しに望む瓦屋根と港」の景色をはじめ、生活道路から神域にいたるまで、この町が守り抜いてきた現在の風景を、ここにまとめる。
ガードレールのない岸壁



九鬼湾の景観
かつて、日本の道にはガードレールなどなかった。
1960年代以降の車社会の到来とともに、各地の沿岸部は鉄の柵で区切られていったが、三重県尾鷲市九鬼町には、今も生活のすぐ隣に海が広がる風景が残っている。


現代の一般的なルールに縛られず、昔ながらの姿を保ち続けてきたからこそ成立している「ガードレールのない風景」。
足元からすぐに海が始まるその場所には、九鬼町が守り抜いてきた、自然体の美しさがある。

レストランAmail周辺

そんな時が止まったような漁村の風景の中に、ふと現れる色鮮やかなワインボトル。
海沿いのレストラン「Amail(アメイル)」の空き瓶たちが、冬の光を透かし、海面の反射と混ざり合って宝石のように輝いていた。


いつかこのレストランで気の合う誰かと、ゆっくりと流れる時間を過ごしてみたい。
アオサギ

レンズを向けても、至近距離まで歩み寄っても、その場を離れようとしないアオサギ。
この町に流れる、穏やかな時間を象徴しているかのようだ。

九木神社

集落から少し離れた、九木神社(くきじんじゃ)。そこには、悠久の時を止めたかのような国指定天然記念物「九木神社樹叢(じゅそう)」があった。

木々のわずかな隙間から覗く九鬼の海。
原生林の深い緑に縁取られたその青は、人が作り上げた安全基準の及ばない、原始的な光を放っている。

鯛と鳥居と本殿


参道の傍らに、海を向いて立つ小さな鳥居がある。
その柱に据えられた二匹の「鯛」の像が、町を見守っていた。
九鬼の人々にとって、海は恵みを与えてくれる神そのもの。
その愛らしくも力強い信仰の形に、この町が海と共に生き抜いてきた時間の重みを知る。




献石のある鳥居

石の鳥居の貫(ぬき)の上に、そっと積まれた無数の小石には、ここを訪れた人々の小さな祈りが宿っている。
石段からの展望

石段を降りる際、鳥居の向こうに「九鬼ブルー」が広がっていた。
神域の静寂と、九鬼の海が一直線に繋がる、ここでしか出会えない景色だ。

路地と「にらくら」祭祀場


九鬼の路地は、とても絵になる。 西日差す赤い郵便受け、崩れかけた廃屋の奥に残るかつての日常。

その路地の合間に突如として現れるのが、石垣に囲まれた広場、「にらくら祭り」の祭祀場だ。

新調された二匹の鯛が守るその場所では、元旦の早朝、厄介な存在であったウニ(ニラ)を駆除し積み上げた「蔵」の跡で、消し炭と塩水を混ぜた「黒い泥」を子供たちに塗る禊が行われる。
負の存在を転じて無病息災を祈る。人々の逞しい営みが、今もこの町には残っている。

真巌寺の境内

さらに奥へ進むと、九鬼の信仰の象徴、真巌寺(しんがんじ)が姿を現す。


境内に咲く寒椿。

見上げれば、巨大なクスノキが空を覆っている。
稲荷鳥居と集落の全景

真巌寺の山肌を縫うように朱色の鳥居が連なっている。

最後の石段を登りきって振り返ったその瞬間。

赤い鳥居のフレームが、九鬼のすべてを切り取った。
密集する瓦屋根の重なり、そこにある人々の営み、そして遠くに広がる穏やかな湾の青。
それは、九鬼町で最も美しい光景だった。

岸壁の親子

岸壁で、海を覗き込む親子がいた。
ガードレールのない足元から広がる、九鬼の海。
この町を歩いたという、確かな記憶。

九鬼町の基本情報
- 所在地
- 三重県尾鷲市九鬼町
- アクセス(鉄道)
- JR紀勢本線「九鬼駅」下車。町中心部まで徒歩約10分
- アクセス(車)
- 紀勢自動車道「尾鷲北IC」または「熊野新鹿IC」より国道42号経由で約20分
- 駐車場
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あり(無料。九鬼コミュニティセンター付近、または港沿いの指定駐車スペースを利用)
ストリートビューで周辺を確認する
- 散策時間
- 自由(路地歩きを含め1〜2時間程度。生活道路のため住民への配慮を推奨)
- 備考
- 九鬼水軍の本拠地として栄えた漁師町。近代化に呑まれず「ガードレールのない風景」を今なお残す稀有な町。複雑に入り組んだ路地(世古)と九木神社の原生林が、独特の雰囲気を漂わせる
- 問い合わせ先
- 0597-23-8223(尾鷲観光物産協会 観光交流係)
世界が認めた「九鬼の景色」 | Flickr Explore選出
2026年2月15日。このページで紹介した真巌寺からの「赤い鳥居と九鬼の風景」が、世界最大級の写真共有サイト Flickr の「Explore」に選出された。
KVAとして投稿したこの一枚が、世界中の人々に届いたという事実は、九鬼町という場所が持つ普遍的な美しさを物語っている。



